かつて存在した国道11号線(いわゆる「PADANA SUPERIORE」)を利用して商業的観光的交易の要所を造るという試みは、1946年にフェルディナンド・スティマミリオによって着手され、1949年にはヴェネツィア通りの新しいビルのオープンをもって実現されました。アパートや自動車修理工場、工業車の販売(OM)などがまず活動を始めました。
当ホテルは1950年にオープン、1954年にはスコープ方式を採用した映画館がオープンし、これらはパドヴァの人々にとってすぐに娯楽の象徴となりました。テラス(写真参照)には400人以上の人々が入ることが可能で、優れたオーケストラが舞踏会のリズムを際立たせていました。
当初はその地区のホテルが占める部屋数は住居部分に比べて小さいものでした。(ミニアパート約100部屋に対し30部屋。)年月がたつにつれ、住居はホテルの成長に合わせて減少し、現在ホテルは92部屋にのぼります。
1989年にはホテルは4星と認定されました(新基準により)。その基準に相応しい品格を保ち、さらに向上するよう日々の努力が続けられています。
Best Western Hotel Biriに面するスタンガ(閂)広場は、かつて街に持ち込まれる品々の検問所だった税関の閂から名がつけられました。
BI RI の名はBirreria(ビヤホール)とRistrante(レストラン)の頭文字からつけられました。1950年代のイタリア人の想像力は未だ英語の魅力にとらわれてはいなかったのです。 |